poco a poco.

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テーマ:自由研究。 

自由研究出来る人は本当にすごいって思ってた。
一体どうしたら、そんなことを研究しようと思いつくのか不思議だったし、
模造紙にはいろんな色を使ってきれいにまとめてあるし、
○○さんも、○○くんもすごいなあって、ただただ感心してた。

何年か前の夏。
友達の家に行ったら、
小学校の先生をやっている旦那さんが、自由研究の下書きをしてた。
息子と娘二人分でした。
ずるい。そう思いました。それに、とっても羨ましかった。
旦那曰く、親がやってあげなきゃ子供には無理ですよ。

そうなんだ。

いま冷静に考えると、
我が家ほど自由研究に向いた環境はなかったのではないかと思う。
草木の成長なら庭で出来るし、
鳥とかイノシシとかイタチとか蛇とかカブトムシとかクワガタとか野生がてんこ盛りだったし。

でもそんなものは全く興味がなかった。

わたしは空を見るのが好きで、毎日空の絵を描きました。
これが提出として認められるのなら、
わたしは一回だけ自由研究をやったことになります。

雲一つない晴れの日は、ちょっと薄目のブルーで画用紙を塗りつぶしました。
ちぎれ雲が浮かぶ日は、それに描き足しました。
夕陽がきれいだった日は、夕焼けの変化をいろんな色を使って描きました。
どんより曇った日には、雲が何重にもなるのを微妙な色で描きました。

でも、これを発表するのってどうしたらいいか分かりませんでした。
2・3週間分の空の絵を、ただ捲っていくだけなんです。
「7/31はこんな空でした」
「8/1はこんな空でした」
「8/2はこんな空でした」
「8/3はこんな空でした」
先生は助け船を出してくれず、最後までこれを続けました。
最後のあたりはとっても悲しかった。
みんなも退屈そうでした。

自由研究なんて別にやらなくっていいのにね。
毎日観察するのが自由研究なんて思ってたから、
毎日空を見て、絵を描いていたけど。
本当は一番大好きな空を一枚だけ描けば良かったんだ。

あの頃の自分に言ってあげたいな。

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[ 2006/07/31 09:43 ] practice | TB(0) | CM(0)

分からないものです。 

今日はとても寝不足で、
天気もよくないし、
またまた書けないことでしょうと思っていたのに。

本当に分からないものです。

自分の言葉が見つかると、
するすると始まりました。

ようやくです。
明日からまた大変です。
[ 2006/07/25 09:41 ] practice | TB(0) | CM(0)

現実。 

ここ最近、レバノンが侵攻されていることとか、ジャワ島の2度目の地震とかがすごく気になっていて、
昨日レバノンの戦争を止める署名が出来るサイトを見つけました。
その関連サイトで写真を見ました。
爆撃で死んでしまったたくさんの子供の写真です。
遠い遠い国のことです。
火の粉だって降ってこない遠い遠い国です。
悲しみとか怒りとかそんなレベルで語れるものではない、
激しい憎しみが地面から滲み出るように沸き上がってきて、
報復という手段にでる。その、とてつもなく悲しい繰り返し。
厳しすぎる現実です。
それでも生きていかなければならないのであれば、
泣く暇があれば憎むでしょう。
わたしは最近、それが当然のことのように思えてならないのです。

そうでなければ、狂ってしまうでしょう。

アメリカを先頭にして先進国は結局損得勘定で中東を引っかき回して、
この戦争をわざと引き延ばそうとしていることとか、
その中に日本も入っていることとかを考えていたら、泣けてきました。

イラクだってこんな状況だった。

結局自分が感じていることはバーチャルな痛みで、
その強烈な現実に向かい合う強さなんてない。
募金したりするのだって自分のためなんです。

映画「蟻の兵隊」のサイトに書いてあった、
ある日突然戦争が始まるわけではなくて、
それに向けて進んでいる時期も戦争の一部なんだということを考えてしまいます。
時代が繰り返されるとしたら、
今の日本はその準備段階に入っているのかも知れない。

戦争の痛みの残っている沖縄の人たちが
パトリオットミサイルの配備に怒るのは当然のこと。
痛みを知らなければ、
目を背けたくなるような現実も見なければ、簡単に後戻りしてしまう。

終戦からたったの60年。
それよりもずっと長い間日本は戦争を続けてきた。
日本が近隣の国とどんな戦争をしてきたのかを学ばなければ。
それは、決して自虐などではなく、
近い未来に向けて自衛するための知識として必要なのだと思う。

自衛隊がイラクから帰還していますね。
橋田さんのようなジャーナリストが亡くなって、
彼らがどんな思いで駐屯していたのかを知るすべもない。
極限での緊張と肉体労働。
本当にお疲れさまでした。
派遣には反対派ですが、隊員の方には頭が下がります。

[ 2006/07/21 09:41 ] Japan / others | TB(0) | CM(0)

道楽。 

ついこの前、単行本を久しぶりに買った。
文芸誌を定期的に買っていると、
芥川賞や直木賞などが乗っているものを既に持っていることが多い。
これはかなり得した気分になる。

月刊の文芸誌5誌を買い、
そこに乗っている小説家の本をちまちまと買っていると、
月々本屋で使うお金は結構な額になる。
だから、とりあえずは文庫で探す。
文庫で探せたら儲けもの。
あとは古本屋で買おうと
手帳に書いたメモもやたらと増えてきた。

こんなことを言っていては駄目なんだろうけど、
欲しい本ほど高くて、ついつい諦めてしまう。
小説を書くことではまだ一円も稼いでおらず、
その一円を稼げるかどうか、
それさえも見えない状態だ。
そんな状態で、自分が思ったように時間を使い、
自分が稼いだとはいえ、収入の結構な額を、
飲み屋と本に使っている。

これでも主婦だって言うのに我ながら呆れてしまう。
この家は大丈夫なんだろうか。

どんなに書く思いや姿勢が本気でも、
一円も本で稼げないわたしがやっていることは、道楽のひとつだ。
本を書いていればお金を使わんやろ。
なんて暢気なことを言っている旦那に背を向けて、
しめしめなんて思っている。

単行本を久しぶりに買って、
その大きさや重さに懐かしさが溢れた。
本はやっぱりこうでなくてはいけない。
作家として一人前と言えるのは単行本を出してから。
そういった作家さんがいる。
その通りだなと思う。
表紙のデザイン、帯、中身のレイアウト、、
自分の文章にプロのデザイナーが手を施してくれて、
立派な厚みと重さを持って本屋に並べられる。

自分の小説が、
本屋でそんな風に置いてあれば、
それは物書きとして最高の気分だろう。

そういうところを目指すのであれば、
少し高いくらいで、
欲しい本を諦めるというのは、
本末転倒な気がする。

自分が目指すところを確かめながら、
進まなければ、
楽な方へと曲がっていくのも時間の問題かも知れない。

大好きなバルがあり、
そこで出会う人たちが好きだ。

店長は男前なのだけど、
如何せんスペイン人になって帰国したため、
ビール瓶が割れても気がつかない。
アルバイトの男の子に
「僕たちがしっかりしないとね」
なんて言われるところが、本当に素敵だ。

このまえ久しぶりに会ったジョバさんは、
とても忙しそうで、
色んな人の心に気を遣っている不器用さんだ。
その不器用っぷりが、人に愛されている理由なのだけど、
自分を愛することをお留守にしてしまう。
そんなところが、とても好きだと思った。

若干24歳のシェフは、
裏方としての仕事を愛している。
サプライズは自分に降りかかってくるよりも、人に注ぎたい人だ。
人を喜ばして、それを心から楽しめる。
芯のところが、料理人に向いている。
若干と付けたのは失礼だった。
ある意味とてもいい年をとりつつある、
素敵な目を持った人だ。

偶然であった、M君という人を、
わたしは何故かお父さんと呼んだ。
自分のお父さんとは全然違うのだけど、
話をしているときの様子や、
話しかけてくるときのタイミングに、心が和んでしまった。
酔っ払うとついつい自由気ままに振る舞うわたしだけど、
上手いこと受け流されて、なんだか嬉しかった。
相方は、絶妙の取り扱いだと褒めた。
そんなM君との偶然の再会。
一見難しそう(中身もかも知れない)だけど、
それが見えたとしても、わたしは気を遣わないかも知れない。
そんな感じの、ナイスガイだ。

バルはいつも混み合っていて、
ゆっくり話せることは少ないけれど、
何かを共有しているような時間が流れていて、
それが十分な栄養になる。
わたしはよく注意して、
よいお客でありたいと思う。
手は抜けない。

どうせ道楽をするなら、本気でやりましょう。
お金を生きたところで遣える機会なんて、そうそうないのだから。
[ 2006/07/20 00:05 ] practice | TB(0) | CM(0)

かれこれ半月。 

1作目から手が離れて早半月が経ってしまった。
早い。

この半月の間何をしていたかと言えば、
読み物を出来るだけ読み、
映画を観て、音楽を聴き、
1行だけでもいいから書き進み、
次の日に全部やり直す。
そんなことを繰り返していた。

今までよい小説を読むと
もの凄く得した気分になっていたけど、
今は少し焦る。
書いて書き続けないとこんな文章出てこないんだろうなと、焦る。
文芸誌を読んだ。
批評も読んだ。
いろんな作家の作品を読んだ。
先日芥川賞を受賞した作品も読んだ。
前々回の芥川賞作品も読んだ。
今現在一体何人プロの作家がいて、
一体何人の人が食っていけているのかなんて事を考えながら、
その上プロを目指して暗中模索している人たちはその何倍いるんだろうとか、
本当に無駄なことを考えながら読んだ。

ストーリーとか構成とかお題とか、
そんなことより大事なことがある。
それを今痛烈に感じている。

それは文章力がなかったら小説なんて書く意味もないってこと。

もしわたしに文章力がないのであれば、
一日も早く書くのを止めた方がいい。
趣味で書き続ける気はないのだから。
それを判断するためにはやっぱり書くしかない。
書いて書いて、書き続けて、全然上達しなければ本当に止めよう。
書いて書いて、書き続けて、それでも新人賞一つとれないのであれば、
ばっさりと諦めよう。

そういう気持ちでなければ、
一日一日はどんどん流れていく。
どこかで堰き止めなければ、何も残っていかない。
一作書いたくらいでは全然駄目なんだ。
やり直そう。
小説を書くことを、今からやり直そう。
それには、たくさん勉強しなければ。

やることはたくさんある。
[ 2006/07/19 09:39 ] practice | TB(0) | CM(0)

信じられますか? 

今まで自分が見たり聞いたり触ったりしてきたこと、

全部が本当にあったことだって信じられますか?



もしかしたら、夢かも知れないですよ。

ずーっと昔に見た夢かも。

3歳くらいの時に好きだった男の子は、

本当にこの世にいたんでしょうか?

名前も知らないし、同じ幼稚園に通ったことがある訳じゃない。



夢の切れ端と、現実の記憶の端っこがぴったりと合ったら、

ほら、もしかしたら

絶対にあったって思ってるだけで、

ほとんどが夢かも知れない。



過去の記憶なんてとっても儚い。
[ 2006/07/14 09:36 ] I am .. | TB(0) | CM(0)

手紙。 

父から手紙が来た。

ここ2・3日、そして今日、なんとなく考えていたことと、

同じようなことが書かれていて、ちょっと驚いた。



父は本当に面倒な人で、

とても神経質で、小言が多くて、

ちょっとしたことでへそを曲げるし、

自分が嫁なら絶対に無理なタイプ。



そんな父に書かせると、

それはなんだか説教臭くなるのが残念なところだけど、

まあ歳なんだししょうがないか。



今が未来に通じているという意味のことが書いてあった。



過去をたまに振り返ると、あみだくじを逆戻りしていくような気分になる。

たどり着く過去は、間違いなく自分が選んできたもので、

そこを辿らなければ今はない。

ただただ一点一点が繋がりあって、今に導かれてきた。

その間の、すごく嫌な思い出とか辛かった事とかを取り外してしまうと、

きっとだけど、ここにはたどり着けなかったと思う。

ここってどこだろう?



ここは少し前のわたしが選んだ一点から導かれた一点。

ここは10年前のわたしがその一点を選ばなければ通れなかった一点。



ここを通って、奇跡のあみだを描きながら、

10年後のどこか全然知らない一点に繋がっていく。

その間のどこか一点で、とても素敵なことがありますように。

そうお願いしながら、ここを大事に過ごそう。

そんなことを考えたところでした。



親子って不思議なもんだ。

[ 2006/07/11 21:46 ] life | TB(0) | CM(0)

忘れ物。 

微熱が下がらない。

この蒸し暑いときに、だるいったら。

体内時計が狂っているせいかな?なんて思ったけど、

体内時計ってそう簡単に狂うものではないらしい。

夜勤してる看護婦さんだって、夜になると体温が上がるんだって。

つまり、お眠になってる体を無理矢理仕事モードにしてるんだろうね。

集中力が上がって、ちょっとした興奮状態になっている時なら経験あるけど、

習慣としてそういう勤務に体を合わせるのは大変だと思います。

そう考えると軟弱者だわ。



今日帰ると、丁度陽が沈んでしまった後で、

すごく久しぶりに太陽を感じられた。

朝なのに朝日もなく、

昼なのに会社の窓の外は夜みたいに暗くて、

ちょっと早めに会社を出ても、

太陽は厚い雲の向こう。。

生まれ育ったところに比べれば、

なんて事はない普通の梅雨なんだけど。

でも、そんな日に満員電車に乗る事なんてなかったもんな。



傘の柄が女の子のショルダーバッグに引っかかって不審げに振り返られたり。

びしょ濡れの折りたたみ傘をたためなくて、困った顔して持ってると、

水滴が隣の人の足に落ちて睨まれたり。

そんなおじさんたち。

わたしの何倍も満員電車に乗ってきた人たち。

なのに、本当不器用だよな。



人との距離が近いからこそ、みんな誰とも関わり合いたくない。

その密集した箱の中にいたことを忘れてしまうくらいに、

通り過ぎたい。何も見ないし、見て欲しくないし、

ぶつかられて

「あ、ごめんなさい」

なんて言われても、笑顔も交わさず。

とにかく、スルー。



たまに、仲良しおばさん2人組が乗ってくると、

車内の空気はごーっと音が立ったみたいに変わる。

奥さん!ここ空くから!

立とうとする人の気配を見て、座りたがるのは分かるけど、

座るのはあんたたちじゃないよ。

でも、やっぱり座席の横のおじさんは、

押しのけられて席を取られてしまうのでした。

ったく、本当に不器用だよな。



でも、本当はそうでもないかもね。

こんな事で腹を立ててたら、明日も明後日も同じ電車に乗れないよな。

ずーっと、ずーっと続けてきたことだから、

一番楽な方法を知ってるんでしょう。たぶん。



満員電車で聞こえるのは、

プレーヤーから漏れてくる音楽の音と、

たまに大きく揺れたときに踏ん張った踵の音と、

新聞をめくる音と、

窓が細かく振動する音と、

車内アナウンスの声くらい。

100人以上もいる人たちみんなが、

何事もなく時が経ち、いつもの駅に着くのを待ってる。



扉が開くと車内の空気が、うわんと一気に膨らむのがわかる。

それは降りていく人たちと一緒に車外に流れ出していく。

まるで息を止めた後の深呼吸のように、

だれも意識していないのに、張りつめていた空気が和らぐ。

乗客が入れ替わって、扉が閉まるとまた同じ時間が繰り返される。



手放せない傘は、ほんの少しだけ車内密度を上げて、

ほんの少し空気を変える。

何事にも動じないはずのおじさんが、傘を忘れて席を立つ。

「忘れ物ですよー」

ちょっと緊張して出した声が空気を少し揺らす。

[ 2006/07/06 21:43 ] season | TB(0) | CM(0)

妄想癖と虚言癖。  

わたしにはそういう癖がある。

一つの事を妄想しているうちに小さな嘘をつけたしていく、

そうしていくと妄想はどんどん大きくなっていって、

たくさんの人が登場し、いろいろな色と味、匂いと感触を備わっていく。

まるで、もう一つの現実。もう一つの世界。



トム・ピリピという歌を知っていますか?

小学校に入るとすぐに配られた、

歌の本にそれはありました。

朝の会で毎日入れ替わりにその本の中から歌います。

各教室に付いているスピーカーから音楽が流れてきて、

それを聞きながら歌います。

トム・ピリピは音が高くて、歌うのが大変で、

意味が分かるまでに時間がかかった。



しばらくして歌詞が分かると凄く気に入った。

トム・ピリピをすぐに好きになった。



でもわたしは変な事には頭の回る悪賢い子だったから、

すぐに好きだって言わなかった。

トム・ピリピは嘘つきだから。

嘘つきを好きになっちゃなんとなく駄目な気がした。

その駄目っていうのが、また凄く良かった。

おおぼらふきって、大嘘つきの事なんだよ。へーんなの。

なんてかしこまって言うと、周りの子はけらけらと笑った。

そんなのもすごく楽しかった。



一人になると、わたしはトム・ピリピの船で旅をした。

オウムと話をした。豪華な家でトム・ピリピと遊んだ。



わたしは、トム・ピリピ。

トム・ピリピはわたしだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

トム・ピリピ



トムピリビは2羽の オウムを飼っている

何でも知ってるおしゃべりオウム

1羽は赤で 1羽は緑

魔法の国の魔法の鳥

 

幸せなトムピリビ

何でもできる素敵な人

仲良しになりたい

大金持の トムピリビ

 

誰もが好きなトムピリビには

ひとつの悪い癖がある

トムピリビの癖は嘘をつく癖

お家も船も作り事

大ぼらふきのトムピリビ

だけどとってもお人よし

仲良しになりたい

素敵な人 トムピリビ



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

トム・ピリピになりたい。今でもそう思う。

[ 2006/07/03 21:42 ] I am .. | TB(0) | CM(0)

すもも泥棒。  

すももとプラムって、違うんですか?

とにかく初夏には欠かせない果物。

よく冷やして、さーっと洗って、

果汁飛ばしながら食べるのが好き。

種の周りの実を執拗に食べると予想以上のすっぱさに

くわっ。またやられちゃったよー。ってなるのがいい。

すごくいい。

今日は今年初めてのすももを

5つほどもりもり食べました。

おいしかった〜。



すももで思い出したのが、

まだ10歳くらいのガキんちょだった頃。

隣の(500mは軽く離れている)家の敷地に

でっかいすももの木があった。

「あ、すもも」

見つけたわたしは、迷わずその木に登った。

青すぎるやつとか平気でぽいっと捨てて、

ちょーど良さそうなのを食べる。

ちょっと酸っぱいのも食べる。

熟れすぎて、甘いのも食べる。

とにかく食べる、

食べる。食べる。食べる。

食べる。食べる。食べる。

いくら食べても飽きないの。

それがすももの怖さ。

で、気がつくと辺りは真っ暗で、

木の下もちゃんと見られないくらいになってて。

恐る恐る木から下りたら、

隣の犬が、おら何しとんじゃいと

もの凄い剣幕で吠えていらっしゃって。

逃げるように帰った。



あれ、これって泥棒じゃないですか?

すもも泥棒。

わ、なかなかいいね。

すもも泥棒。

わたしの人生返せ!すもも泥棒!

いや、すみません。全然修行になってないですね。



早く梅雨開けないかな。

[ 2006/07/01 21:39 ] season | TB(0) | CM(0)

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