poco a poco.

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急に秋。 

風が急に冷たくなりました。
そして金曜から延々と雨。

IMG_0728.jpg

寒いと動物的に体の動きが鈍くなります。
雨の中外出するのも嫌で、
果たして日曜のこの時間まで引き籠もっています。

クリーニング屋からハガキが来ていて、
今日持っていけば30%OFF。
すっかり遅くなってしまったけど、
夕方から雨も上がって太陽も顔を出していたので、
そろそろ外出しようかと準備中。

わたしは前世でよっぽど雨が嫌いな動物だったのか。
いや、寒いのが苦手だったんだ、きっと。
この二日間の睡眠時間を考えても冬眠していた可能性が高いですな。
冬になると水に触るのが極端に嫌になる。
お湯を出せばいいのだけど、なんだかそれも億劫で。
だから、鮭採り名人の熊ではないなと。

とか言っているうちに外は真っ暗です。
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クリーニング屋に行って思い出したことがあって、
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[ 2007/09/30 18:23 ] season | TB(0) | CM(5)

ホシガメ。 

甲羅の直径4-5cmくらい。
ホシガメの赤ちゃんを見せてもらいに行ってきました。

今の環境ではネコは飼えないし、ペットは諦めていたのですが。
ホシガメとは目の付け所がよいですね。

07-09-26_19-24.jpg

寿命は20年くらいで、大きくなっても20cmくらいまでにしかならないらしい。

食欲・睡眠欲共に旺盛。しゃっくりのときにきゅぅ。と鳴きます。
帰宅して、ホシガメのお家を何処に置くか考えました。真剣に。

芦屋でベトナム料理屋に行きました。
サイゴンビールを2本。料理は芦屋値段でした。

07-09-26_20-51.jpg


[ 2007/09/27 12:42 ] life | TB(0) | CM(1)

JEGOG. 

2年前、バリ島の奥地ヌガラ県でJEGOGという楽器の演奏を見てきました。バリ島の内陸ウブッから車で飛ばしまくって4時間のところにあります。

周りは田んぼと森のみ。村の家の光は僅かで真っ暗で虫の声しかしない場所に到着しました。

会場はさすがに明るくなっていて、広場に茣蓙が敷いてありそれが観戦席でした。横には屋根付きの舞台のような場所があって、そこには村の子供たちと年寄りが腰掛けていて、一緒に見学していました。

ジェゴグはヌガラ県でしか採れない直径20cmの竹でできた打楽器です。インドネシアでは打楽器のことをガムランといい、竹でできた打楽器をティンクリックといいます。
ジェゴグの演奏は大小14台のティンクリックが決められた順に並べられ、最も大きなティンクリック=ジェゴグが最後尾の真ん中に設置されます。その両側に少し小さめのウンディールが設置され、この3台がベースの役割となります。
わたしは2列目のカンチールを弾かせてもらったと思います。

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たぶんカンチール。

ティンクリックの音階は4つ。ドン、デン、ディン、ダンと言います。
その4つには多くの意味が含まれています。

第1音 … 北 黒  水の神 ドン
第2音 … 東 白  太陽の神 デン
第3音 … 南 赤  火の神 ディン
第4音 … 西 黄  土の神 ダン

感覚と記憶と幻想の合間で、cazorlaさんが音にも色があるというコメントをくれたのでこれを書くことにしたのですが、たぶんこのことであろうと思います。

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4音階について説明する団長さん。

この一番大きなジェゴッグが出す重低音は人間が聞き取れるギリギリの低音らしく、耳からというより皮膚や体の内側で受け止めている感じがしました。

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ジェゴグは2人で叩きます。

ジェゴグの下で聞くと低音の海に浸っているような感覚になります。その感覚は胎児が感じているものと似ているという方もいます。

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ジェゴグの下から。

ジェゴッグの低音の余韻は独特で、強風の中でロープやワイヤが低い低音を出しているのを聞いたことがないでしょうか。わたしはあれに似ていると思います。

ジェゴグの演奏は自然界のバランスと密接な関係があるそうです。

それについては、楽団のHPから抜粋します。
「私たちの生きている世界には、1から11までのバランスがあります。
8つの方角と。保護を司るウィスヌ神、想像を司るブラマナ神、そして破壊を司るシウ"ァ神の3神の計11のバランスで成り立っているのです。そして、男と女、左と右、天と地、陰と陽などのバランスが崩れることによって、この11のバランスに異変をきたし、天変地異が起きたり、世界にさまざまな争いが生じたりすると考えられています。
バリの伝統芸能は、すべてこのバランスを重視して演奏されます。なぜならバリの音階は、人びとが神に捧げる祈りから生まれたものだからです。つねに美しく、楽しい音楽には、感謝の気持ちと祈りが込められているのです。
ジェゴグによって奏でられる音階は4つですが、そのぞれの音は「方位」と「色」を表し、同時にそれぞれの神を宿しています。そして4つの音が一体になったものが、方角の中心、すべての色を含む混合色、シウ"ァ神=守護神、を表すのです。」

シヴァ神にも二つの意味があるのですね。
自然と強く結びついた信仰には単純と複雑が同居しているように思います。

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凧揚げをする子供たち。

バリの人たちの表情はとても無邪気です。
詐欺や恐喝をする悪い人もいますが、心の底から他人を羨んだり騙そうとする人は少ない気がします。楽しく過ごすためには注意は怠ってはいけませんが。
バリの繁華街で話しかけてきた中学生か高校生くらいの子は、うまくいけば日本人相手に稼ごうと思っていたのでしょう。結局は、わたしの捜し物を延々と探す羽目に陥っていました。儲かったのはお店のおじちゃんですが、少しくらいお小遣いをもらったりできたんでしょうか。

アジアの子は働き者で親孝行です。

[ 2007/09/23 20:37 ] book,art,etc.. | TB(0) | CM(2)

El Violin. 

息抜きをするときはなんとなくここから外を眺めています。

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太陽を見ているときに、
逆にこっちを見られているような感覚になって隠れたくなります。
人や動物や景色を観察するのは好きだけど、観察されるのは苦手。
身勝手だなあと思います。

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LATIN BEAT FILM FESTIVAL 2007
というスペイン・ラテンアメリカの映画祭を梅田でやっています。
最近出会った方が、メキシコ先住民の研究家でこの映画を薦めてくれたので行ってきました。
貧しい農村暮らしをしているメキシコ先住民が政府軍により土地を奪われ暴行を受けてきた歴史の中で、自分たちの身を守るために民族解放軍を作りそれに対抗してきた事実を、少しだけ勉強してから見てきました。

主人公はかなりのお年を召したおじいさん。彼は農民であり音楽家です。右手はおそらく軍人に暴行をうけたときに潰されています。その右手にバイオリンの弦を括り付けて演奏しているのです。
おじいさんのバイオリンとその息子のギターで流しをするために町に出ます。孫の男の子は客にお金をもらう役目。親子三代での出稼ぎです。
おじいさんと息子は農民であり、解放軍の一員でもあります。息子は町に出たとき、仲間と一緒に武器調達や情報収集をします。おじいさんは息子の身が心配でいろいろと知りたがりますが、息子は逆に父親の身を守るために教えたがりません。
その日、村に帰ると政府軍に村は焼き討ちされていました。逃げ遅れた息子の嫁と孫娘は捕まってしまいます。
息子は解放軍と一緒に政府軍攻撃のチャンスを窺い、おじいさんはロバを手に入れてバイオリンを片手に軍に占領された村に向かいます。

このおじいさんがとてもチャーミングで、わたしの後ろに座っていたメヒコ男(たぶん)はおじいさんがしゃべるたびに大声で笑っていました。
うるさいっつーの。と、思いながらも気持ちはよく分かりました。
「ロバなんかどうやって手に入れた?」と息子に言われ、
「ロバは勝手に来た」と真顔で言うおじいさん。その間合いがすごくいいのです。

とてもシリアスな映画ですし、暴行の下りでは怒りや哀しさが湧いてくる映画ですが、作り手の冷静さに感心せざるおえませんでした。
ほぼドキュメンタリー的な映画なのですが、制作者の感情が見事に殺されているのです。感情的な映画は見る方もつかれますが、この映画はニュートラルな状態のまま受け入れられました。

メキシコ先住民についてはわたしは詳しくはありませんが、イラク、レバノン、アフリカのコンゴ、アフガニスタン、などの戦地ニュースを見聞きするたびに思うのは、テロとはなんだ?ということです。
アメリカや日本政府から見れば、この解放軍もテロリスト扱いとなるでしょう。
その定義はなんぞや。新しい首相に是非問うてみたい。

調べているうちに、日本にも「サパティスタ民族解放軍」などの解放運動を支援している方がたくさんいるのだということも知りました。
こういう方たちの活動がもっと多くの人に受け入れられるといいと思います。

イラクで日本人ボランティアや記者が拉致されたときに、自己責任だなんだと小さなことでヒステリックになっていましたが、彼らが無事に帰ってこれたことをどれくらいの人が喜んであげたのでしょうか。
メディアがそんなレベルで、個人的に国際社会へ身を乗り出す人に対しての理解も低いこの国の人が、国際社会への貢献といって軍隊を派遣することには賛成する。不思議な国だな。と思います。

メキシコ先住民のことを知る意味でも、映像としても、とてもよい映画でした。

・・COVAさんありがとう。

[ 2007/09/23 19:03 ] book,art,etc.. | TB(0) | CM(2)

感覚と記憶と幻想の合間。 


ミミミミン。

これが、わたしが記憶しているタイムカードの音です。

ジーッコッコ。

そんなふうに記憶してる人もいるかも。

日常の生活の中で記憶している音は、結構正確に実物の大きさや形を判断させる何かを持っています。

例えば道路を通る車。
低い音で遠くから近づいてくるトラックは、
エンジン音、エアブレーキ、車輪の音の三重奏で車体の重さや大きさがわかる。

バリバリとむき出しの高い音を立てて走り抜けるのは、原付やオートバイ。
暴走族のブンブン音よりも、クロスカントリー系やスポーツタイプの大型バイクの方がずっと大音量。

低くて無駄な(ちょっと偏見)馬力を放出しているスポーツカーのエンジン音。

空気に発せられた波がここまで届くその距離感さえも耳は記憶してそうです。

話変わって人間の目は赤・緑・青の光の三原色しか見えていない。という話を聞いたことがあります。
視覚から伝わるその三つの色の濃淡を脳がごにょごにょっとして、この色と決める。
人間が空の不正確な色や絵画で使われている繊細な色を感じたり、病人の顔色をすぐに見分けられるのは、この脳のごにょごにょがあるから。
このごにょごにょを科学的に研究してきた人もいるらしく、昔のモノクロ写真をカラー写真にすることもできるとか。
レタッチソフトでもできるものがあるそうなんですが、どれくらい正確にできるのか、人間の脳とどれくらい一致しているのか、見てみたいです。

音や色を正確に判断することができたとしても、人間には感情や音や色に付属する様々な記憶があります。
わたしは消防署や工場が鳴らすサイレンを近くで聞くと、ちょっとしたパニックになります。ずっと自分でも気付かなかったのですが、会社の近くに消防署があって、消防車や救急車が出動するときに車のサイレンとは別の、消防署の建物に取り付けられたサイレンが鳴るのですが、これを聞くとまずいことになるのです。
しばらくの間歩行不可能になりますし、下手すると大泣きしてしまいそうなほどパニックに陥ります。幸いそういうときは今まで一人だったので落ち着くまで待てばいいのですが、誰かと一緒だと誤魔化しが効かなさそうで恐いです。

それが一体何の記憶から来ているのか、正確なことはわたしにはわかりませんが、人生のどこかでサイレン音と結びつく思い切り恐い思いをしたのかもしれません。

わたしは夢の中で、触感を感じることができます。
夢を見ること自体、視覚を通して脳に植え付けられた記憶が再現されていることなんだろうし、あまり不思議なことではありません。
でも、夢の中では空も飛べば深海へも潜るし、泳げないのに泳げたり、英語もできないのにしゃべったり読んだりできます。
夢の中の幻想は、小説やマンガ、映画などから受けた影響や、日常生活の中で隙あらばしている妄想や空想の影響をたくさん受けているのでしょう。

先日見た夢では、ヒグマの胸下の感触がしっかり分かりました。
かなり堅めの毛で、毛足が長くてふさふさで、その向こうの胸は筋肉が張っている感じでした。
(どんな夢を見たんだか)
これは小学生のときに見た夢で、炬燵でうたた寝をしていると天井を突き破って自分とそう変わらない大きさの蛾が落ちてきました。
そしてそのお尻がぶにょんと頬に触れた感触で飛び起きたのです。

巨大蛾のお尻を触ったこともないし、ヒグマにも遭遇したことはありません。動物園で見たことがあるかもしれないけど、正確に記憶していないくらいです。

それでもあんなにリアルに感触があったということは、幻覚というのは脳が記憶の中身を操作して作り出した、記憶からの記憶かもしれません。

ま、こんなことは賢い方がいっぱい研究して、もっときちんとした答えを出していそうです。
もっといろんな分野の本も読まなくては駄目ですね。

こんな回りくどい日記を書いて、結論は勉強不足か。
まあ、それはそれでいいかという感じ。もう寝なきゃ。

[ 2007/09/21 01:52 ] practice | TB(0) | CM(2)

酒の失敗。 

若い頃みたいに派手なことはしでかさなくなったけど、
最近よく記憶を落としてます。

お金を払ったか払ってないかなんて序の口で、
今回は居酒屋で泡盛にコオロギが入ったことも覚えてなかった。
そのくせ、友人と話したタイやバリ島なんかの話はしっかり覚えてる。

所詮週末の小さい失敗。
そろそろ期限切れで気持ちよく忘れる頃合いなのに、
ぶり返してしまった。

旦那のアイスを連休中何本か失敬してて、
その上「あれは練乳が多すぎるね」と注文を付けたら、
「こんなものは買った記憶がない」と。

つまりわたしは趣味でもないアイスを箱買いして、
それをすっかり忘れていたようなんです。

自ら掘り起こしたことでまた叱られるという、文字通りの墓穴。
口は災いの元です。

そう言えば、土曜に美容室へ行こうと駅に行ったら定期がない。
慌てて戻って探したけどなかなか見あたらなくて、
予約時間には間に合いそうにないので美容室に電話して、30分ほど遅れると言って謝りました。
結局定期はコンビニのビニール袋から出てきました。
そう、アイスの箱が入っていた袋です。。

美容室に着くと、
「以外と早かったね~」と笑って言われ、
こういう人が回りに多いから、
わたしはどんどんゆるくなるのだな~と思いました。

[ 2007/09/19 07:51 ] I am .. | TB(0) | CM(10)

わたしの頭。 

脳


フルネームで。シュールな結果となりました。

http://maker.usoko.net/nounai/

人のを勝手にやるのも面白いです。悪趣味ですが。
[ 2007/09/15 21:15 ] I am .. | TB(0) | CM(6)

秋が映し出すもの。 

タオルケットを首下まで引き寄せて、それでも寒いからくるっと丸くなる。
もうそんな朝が来てしまいました。

秋空は急に高くなって、まだ手のひらにあったはずの夏を強引に引き離していきます。

季節が入れ替わろうとしているときこそ、自然が強く感じられます。
きっと、人の記憶がそうするのです。
バームクーヘンみたいに積み重なった秋の記憶が、
まだ近くにある夏の感触を押し遣ってしまうほど、
どっと蘇ってきているのです。

自分と向き合うにはよい季節です。
夏はうつつを抜かしてしまってよくありません。
反省、反省。

0911-S


0911-N


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家に入る夕焼けもすっかり秋の匂い。

[ 2007/09/11 23:37 ] practice | TB(0) | CM(2)

旬のもの。 

nashi.jpg

実家から届きました。二十世紀梨です。
二十一世紀でも二十世紀梨。
変わらなくていいし変えなくていい。
小さなときは見たくもないほどありましたが、
水分たっぷりで控えめな甘さが体に合っています。
自分の味なんでしょうね・・これ。
できるだけたくさんの人に食べて欲しいから、
いろいろと考えてます。

potesara.jpg

黙々と作りました。
かなりシュールな量。ジャガイモ大4個、レタス、タマネギ、ハム、粗挽き黒胡椒が入ってます。(あ〜ベニバナマヨが食べてみたい)
誰が食べるんだ?それも考え中です。

danshi.jpg

おまけ。
前にいただいてきたちょっと高そうなおかきです。
小さい皿に置いたら立川談志師匠に見えてきて撮った記憶があります。
酔っ払ってたのかな・・

[ 2007/09/04 23:16 ] practice | TB(0) | CM(4)

空回りさん。 

中途半端な日記ばっかり書いてますね〜。

小説はカタツムリの全力疾走のように、
じっと見ていないと分からない速度で進んでいます。

書けなくても何かを書き続けておこうと、
会社でも家でも日記ばかり書いています。
家でibookを開くと常にワードとituneとブラウザがいつも開いている状態。
好きなブログを覗きに行ってもやっぱり小説が気になるので急いで帰ってきたり。
帰ってきてもまたカタツムリの全力疾走。。

先週は心が地震計の針のようにずっと揺れていました。

火曜日、フラメンコのカンテライブ。
とても狭いスペースでバイラオーラが凛々しく踊っていました。
カンテはたまりませんでした。声が生きていると感じました。
熱いライブに心静かにさせられました。

それから金曜日、ある報告を受けました。
驚いているうちに怒りが沸々と湧いてきて、
それから、寂しくなったり切なくなったり。
感情が統一されないまま、増幅していく感じでした。
火曜日のときと同じお店にいるのに、全く違う空間でした。
そんなに多くの言葉を交わしてきたとは思いませんが、
心を通じさせたことのある店員のKくんが、
その日でお店を去ることになっていました。
火曜日のイベントを企画して、店の人たちと一緒に実現したところでした。
なんで?聞いても答えは出てきませんでした。
Kくんにも分からないのです。

土曜日、そのお店の姉妹店で
ギター&バイオリンライブを見ました。
とても贅沢なライブで、近くで見て聴けるのはもちろんすごいのですが、
彼らがつくり出す空気に翻弄されっぱなしでした。

ボレロを聴いているとき、
Kくんが好きな歌だと気が付いてしまい、不覚にも泣いてしまいました。
彼の夢はまだまだ続いていくのだろうから、
悲しんだりしてはいけないと思っていました。
でも、彼の胸の痛みは曲を通してわたしの胸に響いてきます。
込み上げてくる感情を必死で抑えようとしましたが、
諦めて曲に任せることにしました。
そうすると、ボレロが終わった途端涙が止まりました。
わたしは不思議とは思いませんでした。
彼らの曲にはそれくらいの力があるだろう。そう、納得しました。

日曜日も同じボレロを聴いているときに泣いてしまいました。
何も考えていなくても、あの曲が始まると琴線が弾かれるのだと思います。

月曜日、(今日ですが)電車の中でボレロがかかり、慌てて早送りしました。
しばらくは家でしか聴けない曲になりそうです。

彼のことだけが原因ではなくて、
どうも最近のわたしは空回りしています。

どこかがちぐはぐなのだけど、それが何なのかが分からないままで、
ミクロほどの誤差が、回れば回るほど大きくなっていくのです。

誰かと会えば誤解されそうで、
小説を無理やり書き進めてしまえば、絶対に駄目になりそうで、
身近な人と話すのもちょっと恐くなってきました。

しばらく何も話さないでいられたらいいのだけど、
胸の中はざわざわとうるさいのです。

[ 2007/09/03 22:59 ] practice | TB(0) | CM(2)

怒りにもならず。 

「やっぱりそうか」
上司が履歴書に書いてある住所を調べていた。

人が愚かな理由で人を貶める現実。世界中にある現実。

あの大らかなタイでさえ、生まれた場所で人生が決まるという。
穏やかなバリ島も厳格な身分制度がある。
一番下の階級の人たちは、作物もなく水もなくとても寒い地域で暮らしている。

履歴書に並んだきれいな文字。
彼にはなんの落ち度もない。
瞬発的に膨らんだ怒りは、
無力な自分への情けなさと哀しさでどろどろになる。

やる限りは周りに嫌な思いをさせないように、気持ちよく。
そう心に決めて仕事をしてきた。

わたしがこの組織にいる限り、
わたしも<する側>にいることにも気付いている。

怒りにもならず、怒ることもできず。
生き方を問われている気がしています。

-追記-
とはいうものの、やっぱりそんなことでは判断しないだろうと、
今は信じたい気持ちでいます。

[ 2007/09/02 17:37 ] I am .. | TB(0) | CM(0)

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