poco a poco.

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春の雨。 

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10数年前になるだろうか。ちょうどこれくらいの季節だったと、団地の入り口で雨宿りをしていて思い出した。
重苦しい社での打ち合わせを切り上げて、週末最後の山陰行きの特急に滑り込んだ。妻とくだらないことで大喧嘩になり、放っておいたら実家に帰られてしまった。それも放っておいたら周りがうるさく言い始め、迎えに行かざる負えなくなってしまった。
どこにもぶつけようのない腹立たしさと、果たしてどんな顔をして会えばいいのかという気恥ずかしさもあって、妻にはその特急に乗ったことは伝えていなかった。

桜も散ってしまい花冷えもなくなっていたが、行楽を楽しむには少し早いのか自由席は割合と空いていた。
歓楽街のネオンが過ぎ去り、同じような形をしたマンションの非常灯がちらちら横目をかすめ始めたあたりで、予め買っておいたビールをキオスクの袋から取り出した。
一口飲むと数十分前まで部下と交わしていた会話が蘇り、ビールの味も忽ち消えてしまう。
『なぜ、こんな状態になるまで放っておいた』
まるで、自分に言っているようじゃないか。そう声を荒げた若い自分を思い出し、なんとも照れくさくなる。

あの頃、もっとも余裕がなかったのは他でもないわたしだった。社会人になって数年経ち、ようやく部下の面倒を見るようになった頃というのは、なぜああも何もかも分かったように感じ、そしてそのように行動してしまうのだろう。
余裕のない酸欠状態のわたしの言動が、後輩たちに影響していたことは間違いなかった。彼らはとてもよくやってくれていたが、わたしはどこまでいっても満足できることはなく、そうあることが正しいと信じていた節があった。
天井を作ってしまったらそこで止まってしまうという、あの恐怖心は一体なんだったのだろう。
天井なんてものはもともとなく、意識して作らまいとするからできるのだと今となっては笑えるが、あのころのわたしはもしそのように助言できる先人と呼べる人があったとしても、聞く耳があったかどうかもあやしい。

口の中に広がるビールは旨いとはとても言えない味だったが、わざと喉を鳴らして半分以上を明けると、さすがに胸のあたりがすっきりとしてきた。ビールの飲み方も、下手くそな時だった。

何年もの間、煽るように空けるのが男の飲み方のように感じていたのだから、今となるとなんともったいないことをしてきたのだろうと思う。






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1本目のビールを空けて2本目のビールと弁当でも買おうと売り子が来るのを待っていると、次の停車駅に止まるアナウンスが流れた。あまり馴染みのない駅のホームには存外に大勢の人がいて、空いていた車内は次々と埋まっていった。
「こちら、よろしいですか」
小柄な中年男がわたしの顔をのぞき込むように訊ねた。わたしはどうぞと言って、隣に置いていたブリーフケースを棚に上げた。
「ああよかった、ありがとうございます。助かります」
男は笑ってお礼を言った。なんともいえない優しい声の持ち主だった。
「いいえ」
その顔を直視することもなく、わたしはまた小さく返事をして前の背もたれに突っ込んでいた週刊誌を取り出し、見るともなく見ていた。男の存在はすぐに小さくなり、また後輩の姿が膨らみ始める。
話しているときの声の震えや目の行き場が鮮明に浮かび上がり、わたしは頭に入ってこない字面から目を上げた。
「よろしかったら、もう1本いかがです」
引かれるように声の方へ顔を向けると、男がいた。わたしはそこに男がいたことが、不思議に感じた。先ほど座ったばかりであるから、そこに男がいるのは当たり前のことだったが、わたしは数分の間にその男の存在をすっかり消し去っていた。
「あちらへは、ご実家でもおありですか」
「いえ、家内の実家なんです」
「そうですか、わたしははじめてなんですよ。仕事でちょっとありまして」
素直に返事をしてしまう自分が不思議でならなかった。男に手で即され、ビールを受け取ると口を開けた。2本目のはずなのに、プシュッという音が新鮮に感じた。
「おいしいですね」
男は言った。
「ええ、おいしいです」
嘘ではなく、そのビールはおいしかった。ちらっと男の顔を見るとそれは旨そうに飲んでいて、わたしは可笑しくてならなくなった。
「旨そうに飲まれますね」
「おいしいですから。特に電車の中というのがいいです」
男はすいすいと1本目のビールを飲み干し、2本目を手に取った。
「お仕事帰りですか」
「ええ」
「お疲れのようです」
「そうですね、疲れましたね」
疲れましたね。わたしは1週間や10日ではなく、1・2年分の疲れのことをまとめて言ったような気持ちになった。
「わたしも仕事で。あちらには半年ほどいることになりそうです」
「半年ですか?今、はじめてと言われませんでしたか」
「ええ、本当に驚きましたよ。でも悪い仕事ではないんですよ、あの大きな漁港があるでしょう、あそこで博覧会があるんです。ご存じですか?」
「いえ」
「その博覧会で技術協力することになりましてね、事前調査やら機材の手配やらで出張程度では済まなくなってしまいまして、それでいっそのことだからと半年ほど暮らすことになったんですよ」
「はあ、それはまた。ご家族もいらっしゃるでしょうに」
「ええ、でもしかたありませんからね」
彼はビールを一口飲み、前の席に張り付いているテーブルを下げて缶をそこにおいた。ビニール袋の中からするめの袋を出して開けると、わたしにもすすめてきた。
わたしは遠慮なくそれに手を伸ばした。カタン、コトン、と漫画の吹き出しのような音が聞こえてきた。レールの継ぎ目が同じ間隔で続いているのだと思った。いくつもの鉄の棒が同じ間隔で繋ぎ合わせられ、どこまでも続いているのだとも思った。そして、その長さは途方もなく続いていて、どこまでも限りがなさそうに感じているが、本当はそうではないのだと思った。
必ずどこかに終点があるのだ。レールはもともとはレールなどではなく鉄の固まりなのだった。どこまでもつづくのは人の希望であって、本当の線路はどこかで途切れる。それと同じで世界に果てなどなく、行き続けて離れ続ければここに戻ってくる。
わたしはそれがとてもありがたいことだと思った。そして隣りに座っている男は、そんなことはすっかり分かっているのだろうと思った。
カタン、コトン、と音は続いていく。

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「弁当を忘れても傘を忘れるな」
男は突然そう言った。

「雨が多いのでしょ?あちらは。会社の人に言われましたよ。へえ、と思いました。そんなに雨が多いのかと」
「そういわれたら確かに多いですよ、あっちは。雨が多いのはつらいなあ」
「つらいのですかね、雨が降るのが当たり前になるとそうでもないのかなと思ったりしてましてね。それにあちらでは電車に乗ったりはしないでしょうしね。あれさえなければ、雨も割合とおもしろいかもしれませんしね」
男はそれきり話しかけてはこなくなった。わたしは2本目のビールを飲み干してしまうといつの間にか眠ってしまっていた。

気がつくと特急は終点へ近づき始めていた。
線路に沿って走る道路の外灯がたまに暈けた光を放っていたが、それ以外は一面の闇だった。コン、コンと音を立て、窓ガラスに大粒の雨がぶつかり始め、斜めに走る水滴の線が徐々に重なり合い幾筋かに枝分かれして流れ始めた。
窓ガラスに映った若い男と目が合い、しばらく顔を眺めた。不機嫌な表情が幼さを強調させているようだった。わたしが顔を歪めると、その男もそれにならった。
「雨ですね」
いつの間にか目を覚ました男がそう言った。雨は一層強くなったが、この土地に手慣れている特急は減速することもなく走り続けた。


あれがきっかけだったのか、年のせいか分からないが雨が嫌いでもなくなった。小雨くらいなら傘を差さずに歩くのが気持ちよいと感じるときさえある。

通り雨を降らせた雲は西から東へ流れ、次第に雨足も弱くなってきた。
胸のポケットから煙草を出して火を付けていると、腰の曲がった老婆におはようと声をかけられた。隠れて煙草を吸っているのを見つかったような、照れくさいような気持ちになった。

まだまだ若造ということなのか。再び旨そうにビールを飲む、あの男の顔が思い出された。
やっぱり可笑しくてどうにも堪えきれずに笑った。自分も早くああなりたいと思った。
老婆は怪訝な表情を浮かべ、足早に通り過ぎていった。

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[ 2008/04/18 01:16 ] story | TB(0) | CM(4)
いいねー、こういうの。
史上最大の大恋愛とか今世紀最大の強盗とかが起こるわけじゃない。普通の
みんなが色々考えて、感じながらいるんだよなー。

ビールと電車。
団地の写真も雰囲気ある。
先日の電車の写真といい、今回の団地の写真といい、しびれた!
[ 2008/04/20 19:10 ] mai [ 編集 ]
maiさん、おはようございます。
普通って一番難しいです、バランス感覚っていうのかなあ。
凪いでる海の上で流されないようにする感じですか・・

水たまりが好きで(子供か!)、水たまりがとりたかったんです。
アスファルトやコンクリートじゃなくて、土の上にできた水たまり。
[ 2008/04/21 10:06 ] rorie [ 編集 ]
写真、上手になりましたね!低ISOの設定になっているので、なめらかな写りです。こういうの好みです。あとは水平がもう少しとれると問題ないような気がしますよー!

少し疲れた、人生の夕刻を感じます。皆が共通して持っているであろうくたびれた感じの中にほのかな暖かみとペーソスの混じったような救いがあるのが読んでいて心地良かったです。

こっちも雨が続いていました。今年は異常気象です。
[ 2008/04/22 21:49 ] barrameda [ 編集 ]
barramedaさん、こんにちは!
えへへ、、師匠に褒めてもらえるなんて~、うれしいです~♪ 
水平ですか・・?わたし額縁とか掛けると絶対斜めになるんです。建物のラインとかを見たらいいんですか。
ちょっと意識してみます!

しばらくして読むと、粗が目立って恥ずかしいですね。やっぱり推敲って大事なんですね。
ちなみにこのおじさん、一昔前に列車の中でお会いした方がモデルです。あんまり覚えてないのですけど、博覧会の仕事と雨の話は本当です。

穏やかな感じの方でした。覚えてないけど・・・
雰囲気のある方って消えていかないですね。
[ 2008/04/23 12:40 ] rorie [ 編集 ]
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