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宗教について。 


ちらちらと書いてきてはいるけど、わたしは無神論者です。

でも、すべての宗教、すべての神や仏を否定しないと固く誓っています。

神は信じていないけれど神社に行けばお参りもするし、
友人が教会で式を挙げれば指を組んでお願いする。

それでもわたしは神を信じない。
もし敢えて信じているとすれば、自然界 ー海や川や山や木や湧き水や土ー に宿るあらゆる神かも知れない。

わたしが何故この二つを守り、無神論者であることを強く主張するのかは、
わたしが育ってきた環境にあるから、それは今回あまり触れないでおきたい。

日本人は宗教とか信者という言葉にとても敏感で、
そう聞いただけで拒絶反応を起こす人が圧倒的に多い。


実際、何も知らないのに頭ごなしに結婚を反対したり(されたり)する話はよく聞くし、
自らそう言う話になると聞く耳を持てなくなる人がほとんど。
でもタイやインドに行って、象の神に跪くのは平気だったりする。


そして、なんで?と聞くと、なんとなくと答える。

日本の場合は、歴史的にもいろいろな問題があって、
宗教を日常生活や経済に取り入れまいとしている風潮があるし、
ましてや政治や教育の場に組み込むなんて御法度とされている。
政治に関しては憲法でも禁じられているのだから、致し方ない。
私立でカトリック系の学校は多くあるけれど、
実際カトリック系であることに意味のある学校がどれくらいあるだろう。


友人は、何となく嫌だと答えた。

たぶん、すべてのことが、こういうことから一歩前に進み、
少しだけ深い世界に入っていくのだと思う。

今の日本で生きていて、何となくと答える人がいることを、悪いとは全然思わない。

みんな、なんとなく大きな流れの中で正しいと言われていることや、
例えば、肉親が駄目だと言うことを、
多少の違和感を持ちながら受け入れて生きていると思う。


でもいざ自分がその問題に直面するようなことがあったときは、
なんとなくでは駄目になってくる。
何が嫌なのかを確かめるためには、宗教とは何なのかを考えたり調べたりしなければならないし、そういう作業をしてこなかった人にとって見れば、これまた辛い作業ではないだろうか。

わたしは友人に聞いてみた。

友達が教会で結婚式を挙げたら出席をするだろうし、嫌とはおもわないでしょ?
でもある宗教の会合に、知り合いが出席すると聞いたらあなたは嫌だろうし、
そこに参加するのはもっと嫌だとおもうでしょ?

その通りだと、友人は答えた。

そしてわたしは続けてみた。
嫌だと思うことは、何一つ悪いことじゃない。
嫌だと思って、それを断ることはあなたの自由だから。


様々な宗教があってその全ての門を叩き、経験することなどできるはずもない。
精神的にもそれは異常な行為だと思う。

わたしは、わたしが神社でお参りをすることを止められたくないし、
湧き水に手を合わせて有り難くいただくことを否定されたくない。

多くの宗教が、他の神を崇めることを禁止している。
実は、わたしが一番気に入らないのはそこだったりする。


何か一つの神や仏を信じることが自由だというのであれば、
自分の家族や友人や恋人や伴侶が、
何かを信じたり、教えに背いて自らの意志に従うことを否定して欲しくない。


日本は自然災害の多い土地だし、小さな村単位ではまだまだ地の神様が息づいている。
人の生活の中に入り込んでいる。
そういう村の人は、何式で結婚を挙げようと頓着しない。
とても信心深いけれど、そうあることですべては完結しているからだと思う。


他の宗教を否定することで、その教団が得することは何なのか、
考えてみると少し答えは出てくる。


わたしは無神論者。
そう決めて20年くらいになるけれど、
わたしはその決まりからいつでもどこまでいっても自由でいられる。



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[ 2008/07/26 00:04 ] I am .. | TB(0) | CM(6)
祖父が無神論者で 母はその影響があって 迷信とかも含めて 笑い飛ばすタイプ。 だから わたしも 宗教は特にないのですが 知識としての宗教や 民俗学みたいな部分ではとても興味があります。 特にここに住んで カトリックも日本の神社のお祭りも基本的にやってることは同じだなーという そういう雰囲気。 信仰というより習慣に近い そう言う中で なんとなく 神様を信じてるようないないような ぼやーんとした感じが好きです。 誰も 何も押しつけないし ぼやーんとしてるから 無神論です と言っても ふーん で終わる。
合衆国だと 危険人物として扱われるらしい。 
おてんとさまにもうしわけねえ。 的な宗教はいいですねー。
[ 2008/07/26 06:33 ] cazorla [ 編集 ]
cazorlaさん、コメントありがとうございます。
cazorlaさんの記事に随分助けていただいています。
宗教に関して、文学や歴史に絡めて分かり易い記事にされているので、知識の薄っぺらいわたしにとってもとても身近に感じることができるのです。
まず面白くなければ、なんです。単純だから。
民俗学、わたしも大好きです。
お祭りも宗教とは切り離せないですよね、そういうところは日本とスペインが似ているような気もします。

誰も 何も押しつけないし ぼやーんとしてるから 無神論です と言っても ふーん で終わる。

そういう場所で暮らせると、本当に豊かな気持ちでいられるんだろうなと思いました。
[ 2008/07/26 10:42 ] rorie [ 編集 ]
神様や仏様を自分の心で思うのが一番自然でいいね。
その気持ちを他人と共有する必要はない。
だいたいの宗教団体が神ではなく
金の信者になるから鬱陶しいだけだし。

日本は江戸時代まで結婚だって人前が当たり前で
宗教色もなければ離婚再婚もゆるかったのに
どこの常識が入って来たんだかめんどくさくなったもんだわ。
八百万の神がいるって発想をする日本人の宗教観は
相当イケとるのに本当につまらん事をしたもんだ。
プンスカだよプンスカ。
[ 2008/07/26 13:36 ] ぱつぱつ [ 編集 ]
いろんなところに神様はいるって感じます。
生かされてるなあって。
外国にいると「宗教は何だ?」って聞かれることがよくあります。
そんなときは、答えに窮してしまいます。
宗教っていう枠でくくろうとすることは無理がありますよ、多分。
無神論者だけど、おっきななにかはあるような、
そんな感じです。
[ 2008/07/26 21:54 ] はる [ 編集 ]
ぱつぱつねーさん、
八百万の神がいたところに、仏教が流れ込み、天皇という神が生まれ、
そしてある日突然すべてが嘘だとされたんだね。
日本に何百とある新興宗教は、八百万の神を取り戻すために生まれているのか否か。そうだとしたら悲しい性だね。
何を信じても自由なのだから、好きにしたらいいと思うよ。のんびり構えたらいい。
敏感になりすぎることで、それほどではなかった思考が固まってしまうことはあると思うから。
どこかにそのイケてる感覚は生き残っていると信じたいね〜。
[ 2008/07/26 21:58 ] rorie [ 編集 ]
はるさん、こんばんは。
おおきな何かに包まれているような感じ。ありますよね〜。
すごく落ち着くし、浄化されているような気もする。
空や水からそれを感じられる、その感覚を大事にしたいんです。理屈ではないのだ〜。

特定の神様がある人は、その神を通して感じているのかもしれませんけどね。
[ 2008/07/26 22:03 ] rorie [ 編集 ]
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