poco a poco.

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ひめゆり。 

美術展とか写真展とかと同じで、
自分で行って自分で感じてくるべきものがあると思います。

だから、やっぱりこういう第二次大戦の傷跡を残す記念館には、
人の意見など頼らず、自分で行くべきだと改めて思いました。

嫌だといって、避けてしまうことも簡単だけど、
知らない。ということは、とても危ういことです。
これから先、戦争することが何故駄目なのか
本当に「分からない人」が増えていくことと思います。

原因の一つは、戦争を経験された方がいなくなってしまうということで、
生きた語りべがいなくなることは致し方ないとはいえ、
歴史を継承していく意味では大変な痛手になるでしょう。

もう一つは、政治的なものです。
教育基本法が改正されて、日本史で勉強する内容が変わっていけば、
未来の子供達は60年前までの日本が軍国強権主義であり、
今の北朝鮮がかわいく見えるほど、
恐ろしい国だったということを知らないで育っていくでしょう。

ゆめゆりの塔のある、ひめゆり平和祈念資料館はわずか300円で入ることができます。
バスで行くなら、那覇から770円で行けます。

資料館の中では、元ひめゆりの学徒による証言ビデオを試聴することできますし、
文章で読むこともできます。

1945年に女子高生だったひめゆりの方が、語りべとしていらっしゃいました。
淡々と話されているのですが、強く深くその声が届いてきました。
その方は話されるときに60年前に戻っているのだと感じました。
大変な心労であろうと思いました。
ありがとうと言って去りたかったけど、とてもそんな余裕はありませんでした。
今預かった現実を、こぼさないように胸にしまうので精一杯でした。

終戦の年、この国には地上戦があったんです。
当時の女子高生は、
兵隊さんが天皇陛下万歳と言って死ぬものだと信じていました。
戦地で生き残ることは恥だと疑いませんでした。
教育がいかに大事であるか、元ひめゆりの方たちの叫び声が聞こえてくるようでした。

知ることは、簡単なことです。
「ひめゆり」と打って、Googleで検索すればいい。
そのあとどうするかは、自分で決めることです。
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[ 2007/03/10 10:39 ] trip | TB(0) | CM(0)
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